気になった単語を調べてみてよかった。よかった探しの基本、ネガティブOK(受容)の理解が深まった。

こんにちは。

突然なんですが、僕が大好きで自信を持っておススメできるものの一つに「よかった探し」があります。

これをすることで、生きるのがとっても楽になったし、どんどん自分と周りを受け入れることができて、日々愉しくなっています。

その要因の一つとしてあげられるのが、「ネガティブOK(受容)」への理解。

 

先日、気になった単語を先延ばしせずに調べてみたら、その理解がさらに深まりました。

今日はその紹介をしたいと思います。

 

 

 

生きるのが楽になったのは「ネガティブOK」と思えたから

日々、生きるのが楽に愉しくなっている要因の一つとして、よかった探しの基本的な立ち位置「ネガティブOK」への理解があると思います。

なぜOKかというと、

  • ネガティブなことも必要だから。
    たとえば、マイナス思考は悪いことだと思われがちだけど、それがあるから生きてこれた。それがなければ、どんどん危険なことをして、ケガしたりとんでもないことが起きていたかも。
  • ネガティブなことがあってポジティブもあるから。
    夜があるから昼もある。ずっと昼だとしんどいけど、夜があるから昼の良さが生きる。
    冬の寒さがあるから夏の暑さがたのしい。
    トランプも裏があるから遊べる。(表の数字だけだと神経衰弱もババ抜きもできない!)

 

そんなことを学ぶことができて、「ダメな自分も○」って思え、長年の自責グセが激減。
(ここ数年で1,2番の成果だと思います)

もちろん、これには他にも↓のような要因もあります。

  • ヨガの先生へインタビューして「そのままでいい」「ヨガの基本に非暴力がある」などが身に染みたこと。
  • マインドフルネスのセッションに参加して「良し悪しの判断をせずにそのまま受け入れる」ことを練習した。

 

ただ、よかった探しをしながら「受容」を実践していったことは間違いないです。

(1年近くほぼ毎日している。少なくとも300回以上したし、ブログで100記事以上書いた)

 

そんな「受容」のよさをうまく説明したいなぁ、まだまだ「ネガティブOK」の説明に改善の余地があるなぁ、と思っていたんです。

 

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受容の説明に、底なし沼の比喩がしっくりきた

そんなとき、ちょっと気になった単語(ACT)があったので、すぐに調べてみました。

そしたら、妙にしっくりくる文章に出会えることに。

その文章を↓の方に張っておきます。

長いので、まとめると、

  • 底なし沼にはまったら、もがくと余計沈んで危険になる。
    (片足立ちになるから沼に接する面積が減って、沈んでしまう)
  • そんなときは、身体を沼に投げ出したら助かる。
    (身体全体だと沼に接する面積が増えて、沈まない。
     そのままゴロゴロ転がると抜け出すことができる)
  • 同じように、自分にとって苦痛なこと(ネガティブ)も、何とかしようとせずに、そのまま受け入れることが大切。

 

以前、そこなし沼の脱出方法の動画を見たときに、体を投げ出すのか~~!って面白かった覚えがあります。

だからこそ、この説明にしっくり来たのかも。

 

 

ネガティブOKの理解が深まってよかった!

気になった単語をすぐに調べてみるような、好奇心と行動力があってよかった!

これでも、もっと楽に愉しくなる!!

 

引用元(医療法人 和楽会のブログ)

たとえば、皆さんは「底なし沼」にはまったらどうしますか?

多くの人は「底なし沼」にはまってしまったことに驚き、焦り、沈んでいくことを恐れ、沼から逃れようとじたばたともがくと思います。しかし、その結果どんなことが起きるでしょうか?沼から逃れようと片方の足を上げると、もう片方の足に2倍の力がかかってしまい、もがけばもがくほどずぶずぶと沼に沈んでいってしまうことでしょう。

実はこれと同じようなことが、私たちと苦痛との関係でおこっていることがとても多くあります。つまり、憂うつ感から逃れようと思えば思うほど余計に憂うつになってしまったり、不安な気持ちをなくそうといろいろな方法を試してみればみるほど不安になってしまったり、怖いものを克服しようと自分に言い聞かせれば言い聞かせるほど余計に怖く感じてしまったり…。それでは、いったいどうしたらいいのでしょうか?

ACTでは、アクセプタンスという考え方を皆さんにお伝えしています。日本語に直訳すると、「受容」とか「受け入れる」とか、そういった意味合いになります。しかし、これは苦痛を我慢したり妥協したり諦めるというようなことでは決してありません。そのような悲しい、暗い、敗北的なものとは全く正反対の意味を持っています。ここで、先程の「底なし沼」の例に戻って考えてみましょう。もしも「底なし沼」の性質を少し知っている人がいたならば、沼との接触面積がなるべく多くなるように沼に向かって大の字に寝るようにアドバイスすることでしょう。沼から抜け出そうとしている人にとって、沼にもたれかかりべったりとくっつくというのは非常に恐ろしくとても賢い方法とは思えないかもしれません。しかし、そうすることで沼に浮かび上がり、丸太のように転がり沼から抜けることができます。

これと同じことが私たちと苦痛との間に起こっているわけです。苦痛を感じたらそこから逃れたいと思うのは当然のことでしょう。嫌な考えやあふれる感情をコントロールしたいと感じるのも誰しもが共通して願う事だと思います。しかし、そうした苦痛から逃げ出そうとしたり苦痛をコントロールしようとした結果、何が起こっているでしょうか?その苦痛がさらに増してはいないでしょうか?

アクセプタンスとは、そのような苦痛との戦いを手放すための一つの方法で、「今、この瞬間」の自分の体験を積極的に受け止め、それをしっかりと抱きしめて生きていくことです。少し大げさに言うと、苦痛を避けたり消し去ったりしようとするのを一旦止め、そこに苦痛があるということを認めてその苦痛が一体どんなものなのかをよくよく観察し、むしろその苦痛をじっくりと味わってみる(どんな身体感覚があるか、どんな考えが湧いてくるのか、そしてそれがどんなふうに変化するのかなど)ということです。 

 

 

#陽転思考

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